トランス結合ヘッドフォンアンプの製作

行きつけのオーディオ店で店主Yさんから「真空管式のヘッドフォンアンプが欲しいって言うお客さんが居るんだけど」と相談を受けた。

真空管式のヘッドフォンアンプ、探すと巷にはメーカ製、ガレージメーカ製いくつか見つかると思うけど実は作るのが大変難しいのだ。なぜならまずヘッドフォンはスピーカに比べて仕様の幅が大きい。スピーカの場合、大抵インピーダンスは 4Ω~16Ω くらいなのでマッチングトランスのタップを 4Ω、8Ω、16Ω と出しておけば事足りる。しかしヘッドフォンの場合、20Ωくらいの低インピーダンスのものから、600Ω というラインレベルのインピーダンスを持ったものまでラインナップしている。日本国内で売られているものは 32Ω~64Ω が多いが、ユーザがどんなヘッドフォンを使うか想定できない状態でアンプを設計するのは難しい。

スピーカでは 50Hz や 60Hz といった帯域はレベルが低くなるのでハムはある程度退治すれば実用になるが、ヘッドフォンではハムがモロに聴こえてくるので徹底的に退治する必要がある。つまり、ヒータは DC点火で B電源のリプルも取り除いてやる必要がある。サーノイズも耳に付きやすく、フォノアンプ以上に気を使う必要がある。

スピーカの場合は左右のスピーカに共通のアースラインがないので入力端子以降はフローティングしていても問題ないが、ヘッドフォンの場合は左右のアースが共有になる。一般的なオーディオ環境ではプレイヤやプリアンプでアースが共通なので、アンプ内でアースをうまく扱ってやらないと巨大なアンテナを作るハメになる。

まとめるとインピーダンスマッチングが難しい、ノイズ対策が難しい、アースの取り回しが難しい、という課題を解決しないとヘッドフォンアンプは作れない。

せっかくオリジナルで設計するなら市販品では得られないようなアイデアを盛り込みたい。ある日閃いたアイデアを持って件の店主Yさんに相談したところ「おもしろいけどコストが掛かりすぎて買ってもらえないと思う」とのこと。お客さんは巷にあるような 2~3万円の真空管ヘッドフォンアンプもどきを想定していたらしい。

ちなみに巷にある 3万円の真空管ヘッドフォンアンプもどきは、真空管式アンプとは若干違う。真空管で回路を組むと出力インピーダンスはどう頑張っても 1KΩ を超えるようなレベルになる。1KΩ に抑えるのもけっこう難しくて、ふつうに組むだけだと 10KΩくらいになるのが当たり前だ。10KΩ のインピーダンスの回路から 32Ω のヘッドフォンを電圧駆動するのは難しいので、当然マッチングトランスを挟むことになる。しかしマッチングトランスはインピーダンスを変換すると同時にゲインも減少する。低インピーダンスを得ることと引き換えにゲインを取られてしまう。10KΩ:32Ω のトランスは昇圧比約18:1 なのでゲインは 1/18、-25dB のゲインが減少する。真空管単段で増幅しようと思うと、ECC82(12AU7)を使って 20dB くらいがいいところで、25dB のゲインを得るのはけっこう難しい。ゲインを補うには増幅段を増やすか 5極管を使うなどの方法があるが、5極管では出力インピーダンスは一桁上がってしまい、それこそマッチングが取れなくなる。

市販の真空管ヘッドフォンアンプもどきはどうしているか。カンタンな方法がある。アンプは半導体(Opアンプ)で組んで真空管に信号を通してしまう。真空管で増幅回路を組んでゲインを得ようと思うとプレートに高圧電圧(150V~200V)を掛けてプレート電流の変化を I/V変換した信号を取り出すことになるが、アンプもどきの信号はこのルートを通らない。

真空管の中には低圧(12V~24Vくらいか?)をプレートに掛けると軽くエミッション(プレートからカソードに電流が流れること)する球がある。実用動作にはならないがちゃんと電流が流れる。この状態でグリッドに信号を入力しカソードから電流を取り出すと、グリッドに入力した信号と相似の信号が出てくる。ゲインは無い。

真空管回路でカソードフォロワと呼ばれる回路で、もちろんユーザが想定しているような「真空管の音」は出ないが製品としての「真空管ヘッドフォンアンプ」はできあがる。正確にはハイブリッドアンプだが。

ヘッドフォンアンプとして必要な回路を半導体で組んでおき、このなんちゃってカソードフォロワを通して音を出すのが市販の 3万円真空管ヘッドフォンアンプもどきなのである。ヘッドフォンアンプとしてはちゃんと作ってあるので正確には「真空管回路もどきヘッドフォンアンプ」か。

閑話休題。さて、真空管回路もどきではない真空管回路でヘッドフォンアンプを作るわけだが、まずはコンセプトを決めたい。一つはコストが安いこと。ヴィンテーヂ品などレアなパーツを使わないこと。シンプルなこと。

ゲインを考えると多段増幅回路としたいがノイズ源が増えて調子が悪い。真空管とヘッドフォン間はインピーダンスが合わないのでマッチング用にトランスが必要になる。プレイヤと真空管の間はローインピーダンス(1KΩ以下か?)出しハイインピーダンス(470KΩ以上?)受けになってる。もちろん、このままでも電圧増幅回路としては動作に問題ないがこれだけのインピーダンス比を活用しないのはもったいない。

ここに 600Ω:60KΩ というトランスを挿入してやる。するとアラ不思議。インピーダンスのバランスを保ったまま、10倍(20dB)のゲインが得られる。ヘッドフォン側のマッチングトランスで 1/18倍(-25dB)に減少するゲインを加味すれば真空管回路では約2~5倍(6~14dB)のゲインがあれば足りるだろう。

ちなみにトランスに示されたインピーダンスは性能的にこの近辺で使うと性能が良い、という数字であって厳密にこのインピーダンスで使うことは必須ではない。今回の場合、公称600Ω:60KΩ のトランスを使うが 2次側を 330KΩ + 330KΩ(=660KΩ) で受けるので 1次側のインピーダンスは 6.6KΩ くらいになる。これならプレイヤから十分に駆動できる。600Ω:60KΩ をターゲットに設計されたトランスを 6.6KΩ:660KΩ として使うので性能劣化はあるが 2次側のシャント抵抗の定数を変えることで高域のピークをコントロールし、音作りしやすい。(トランスくさい音も、トランスぽくない音も作れる)

出力側のトランスは 10KΩ:150Ω(600ΩCT)を使うが、このトランスは真空管回路用の出力トランスと違って DC を重畳できない。よって真空管の負荷としては抵抗器を用いて、この負荷の出力をコンデンサでカットし、AC だけをトランスに入力する。クラーフ結合と呼ばれる古典的な回路だ。

クラーフ結合には良質なオイルコンデンサを使うと良い。ここの定数を変えることで低音の量感を調節できる。回路図では 0.47uF としているが、トランスのインダクタンスなどとの兼ね合いでこの数値は音を聴いて調整したい。

プレート抵抗は純粋に負荷となるため動作点に対して高い B電圧が必要になる。B電圧が 330V でもプレート抵抗75KΩ による電圧低下が 250V ほどあるので電源効率が大変悪い。これだけの電圧を用意しても ECC82(12AU7) にはたった 80V しか掛からない。もしコストとスペースが許すなら、60H/20mA くらいの負荷用チョークコイルが用意できると良い。春日無線変圧器の 4B-20MA なら 30H/20mA だが 1,200円と安価で手に入る。

入力トランスは TAMURA THs-30、出力トランスは TAMURA TD-2 もしくは TPs-5S を用いる。いずれも 600Ω:60KΩ(昇圧比1:10)、10KΩ:600Ω(昇圧比4:1)のよくあるライントランスなので他社のものでも使えるがきちんとシールドされたモノがよい。クラーフ結合では DC が流れないので周波数特性はとても良くなる。スペックで 50Hz~15kHz(-1dB)などと書かれているトランスも測定条件によってはこれくらいの周波数特性なのだが実際に回路に組み入れてみるともっと広帯域なことが多い。

THs-30、TPs-5S の組み合わせで上記回路とは定数が異なるがバラックで回路を組んでみた。

配線などは雑でケーシングもしてないのでハムが乗るがトランスドライブらしい力ある音がする。この時点ではまだ定数を詰めてないのでひと通りの性能を測定してみる。

B電源電圧が低すぎ、プレート抵抗の抵抗値が高すぎ、カソード抵抗の抵抗値が高すぎるため、プレート電流が少なくかつ真空管に掛かる電圧が低く、かなりはやい時点でカットオフしてしまう。

カットオフ前の出力1mW で周波数特性を測る。事前の想定より帯域が広い。特に低域はもっと上の周波数から下がると考えていたが、20Hz で -3dB程度と大変優秀だった。高域側も変なピークなどはなく、素直に減衰していく理想的な波形になっている。20~35kHz(-3dB)とクラーフ結合の成果が出てると言える。

トランスのインダクタンスなどの細かいスペックは公表されていないため実測するか予測するしかない。THs-30 はマイクアンプ用のマッチングトランスでインダクタンスはとても低いだろう。一次側 1H くらいだろうか。TPs-5S もラインマッチングトランスで 2次側が 1H と仮定すると 1次側が約66H、実際は DC が流れてないのでもっと高く、100H以上はあると思われる。

試作回路ならびに上記の回路図では音量コントロール用のポテンショメータが入ってない。プリアンプとつないでプリアンプ側で音量コントロールするためだが、プレイヤと直接つなぐ場合は入力トランスの 1次側に 10KΩAカーブ2連式を追加すると使いやすいだろう。

(続く)