EL84プッシュプルアンプの製作

オーディオ用真空管の歴史をみると初期の真空管は各社各様に作っていたものが戦前にはナス管、その後ST管、GT管、MT管というように進化してきた。

いまでもオーディオ用アンプの出力管として人気があるのは ST管や GT管が多い。MT管は電圧増幅部として用いられることが多いが出力管で採用されることは少ないと言える。

そんな MT管出力管の中でも比較的出力が大きく取れ、いまでも製造されている銘球がある。6BQ5/EL84 である。

EL84 は傍熱五極管でヒータは 6.3V/0.76A と少食ながら最大プレート電圧300V、プレート損失12W、スクリーングリッド損失2W で AB級プッシュプルで 17W近くを出力できる。

家庭用アンプとして使いやすいこの真空管を出力段に使ったごくスタンダードなアンプを組んでみたいと思う。

まずは出力管のロードラインをひいてみる。スクリーングリッド電圧Eg=250V としプレート電圧Ep=290V、負荷Rl=4KΩ、ゼロ信号時プレート電流Ip0=35mA とする。グリッドバイアスは約-9.5V、カソード抵抗は 270Ω(= 9.5V / 35mA)くらいになる。

プッシュプルで合成するので出力は約15W くらい得られる計算になる。

出力段のドライブは 17Vpp なので 6Vrms 必要になる。

このままだと出力管が五極管接続のため内部インピーダンスが 38KΩくらいになり負荷Rl=4KΩ に対して高すぎる。手軽に内部インピーダンスを下げるためには三極管接続が手っ取りばやい。この場合、出力はプッシュプルで 5W程度まで低下する。

他の手段として PG帰還が考えられる。出力管のプレートから 470K~1MΩ程度の抵抗でグリッドにフィードバックを掛ける。PG帰還を掛けると入力インピーダンスが低下し増幅率も下がるためドライバ段の負荷が増えるが EL84 は元の特性が良いので三極管接続よりドライブはラクだろう。

EL84 は定格の最大グリッド抵抗が固定バイアス時300Kオーム、自己バイアス時は 1Mオームのためグリッド抵抗を大きくできる。これは前段の負荷が減るため PG帰還がかけやすい。

ドライブ段は余裕をみて 20Vrms が出力できればよい。電源はステレオ分で 250V、200mA が供給できる必要がある。

エイトリックトランスフォーマーの電源トランスのラインナップから選ぶと N-200S、もしくは T-110 2台が良いだろう。電圧低めで使うので D-150(150mAdc)でも大丈夫かもしれない。チョークトランスは両チャンネル分をまとめて C-5-200 でまかなう。N-200S なら 290V-260V-0-260V-290V 200mAdc の 260Vタップを使い少し降圧すれば 300V弱がまかなえる。ヒーター用に 0-6.3V 1.8A のタップが 2コあるので EL84 を 2コずつ点火できる。残りは整流管用の 0-5V 2A と 0-CT-6.3V 2A しかないので位相反転段のヒーターバイアスは諦めるしかない。

EL84 は感度がとても高い球なので前段の自由度が高い。バランスが良く特性もよいのは P-K分割型だが他の方式も検討してみた。

まずは典型的な ECC83(12AX7) を用いた P-K分割型位相反転回路である。反転段には出力段と共通の 290V を供給する。出力段は PG帰還なので位相反転段のプレート抵抗、出力段のグリッド抵抗と帰還抵抗の合成抵抗が負荷になる。プレート抵抗100KΩ//グリッド抵抗470KΩ//帰還抵抗680KΩ x 2 = 147KΩ が位相反転段の負荷抵抗RL になる。

ECC83(12AX7) を電源電圧290V、プレート抵抗Rp = 200KΩ、プレート電流Ip 約0.87mA で使用すると位相反転段のカソード電圧はプレート電流 0.87mA x プレート抵抗(カソード側)100KΩ = 87V になる。初段と直結したいので初段のプレート電圧が 87V - 1V = 86V になるように電圧配分する。

初段をプレート電圧Rp = 86V、プレート抵抗Rp = 270KΩ で使うとプレート電流Ip が約0.31mA になる。よって電源電圧は 86V + 270KΩ x 0.31mA = 170V に決まる。

位相反転段とは電源電圧に 120V の差があるので、これを初段プレート電流 0.31mA で降圧するように 390KΩ を挟む。

この定数の場合、計算上だがゲインは約28.5dBなので約240mVrms の入力でよい。

ECC83(12AX7)より増幅率の低い双三極管、5670(2C51)の場合でロードラインをひいてみる。反転段の供給電圧290V、プレート抵抗10KΩ//グリッド抵抗470KΩ//帰還抵抗680KΩ x 2 = 19.3KΩ が位相反転段の負荷抵抗RL になる。

5670 を電源電圧290V、プレート抵抗Rp = 20KΩ、プレート電流Ip 約9mA で使用すると位相反転段のカソード電圧はプレート電流 9mA x プレート抵抗(カソード側)10KΩ = 90V になる。初段と直結したいので初段のプレート電圧が 90V - 2V = 88V になるように電圧配分する。

初段をプレート電圧Rp = 88V、プレート抵抗Rp = 33KΩ、カソード抵抗1KΩ で使うとプレート電流Ip が約2.5mA になる。よって電源電圧は 88V + 33KΩ x 2.5mA = 170V に決まる。降圧用抵抗は (290V - 170V) / 2.5mA = 47KΩ を挟む。

計算上のゲインは約27dB になり約300mVrms の入力が必要になる。ECC81(12AT7) なら特性が似ているので 5670 とほぼ同じ定数で動作可能だろう。

PK分割型位相反転回路と並んで人気がある位相反転段にマラード型(ムラード型)位相反転回路がある。共通カソード抵抗を使った差動増幅回路で動作が理解しやすく、動作時のトラブルも少ない。ほとんどの製作例では初段のプレート電圧が高いことを利用し、このプレート電圧 + バイアス電圧を共通カソード抵抗に流すことで定電流回路としている。余談だがこの回路、英語では "Cathode coupled phase splitter(inverter)"、"Long tailed phase splitter(inverter)" などと呼ばれるがなぜか日本語ではマラード型位相反転回路と呼ばれる。

McIntosh MC75 の初段、位相反転段を例にあげる。定数は概略なので実体と異なる。初段の 12AX7 は通常のプレート接地増幅回路でプレート電圧が約132V になる。位相反転段の 12AU7 のカソードが約140V になり共通カソード抵抗 18KΩ によって位相反転段2管球の合成プレート電流は7.7mA に固定される。しかし若干のアンバランスが出るためプレート抵抗をそれぞれ 27KΩ、30KΩ と 1割ほど差を付けることでバランスを取っている。

しかし今回のアンプでは出力段が感度の高い EL84 なので位相反転段の増幅度だけで十分なため初段は要らない。初段がないと共通カソード抵抗に電圧が掛からず差動増幅にならないのでこの点を工夫する必要があった。

バイポーラ・トランジスタの最もシンプルな増幅回路でエミッタ接地増幅回路がある。真空管回路のプレート接地増幅回路と似たような回路だ。真空管のプレート接地増幅回路の場合はプレート電流とカソード抵抗によってグリッドバイアスが作られるため非常にシンプルに作ることができる。バイポーラ・トランジスタの場合はベースにプラスのバイアスが必要なため別でバイアス回路を用意する必要がある。今回の差動増幅回路も回路全体で見ればプラスのバイアスが必要なため、エミッタ接地増幅回路にヒントをもらい、プラスのバイアスを与えることにした。

なんということはない。前段とコンデンサで DC的に回路を分離し、電源電圧とアース間を抵抗器で分圧してバイアスとして使う。

(続く)